ブログ広告収入で生きるのは「ダサい」生き方だった。だから自分を嫌いになった

最近自分の中に新しい判断基準が生まれた。

それは「かっこいいかどうか」というものだ。

 

何かをするときに「この行動はかっこいいか?」と照らし合わせている。

そして出来るだけかっこいい方を選ぶようにしている。

 

かっこいいの反対は「ダサい」なので、「これはダサくないか?」とも考えている。

 

 

例えば自分の生計をどうやって立てていこうか考えるとき。

僕はずっとブログの広告収入で稼いできた。

ブログに貼ってある広告をポチッと押してもらったときにお金が発生するという仕組みだ。

しかし、このお金の稼ぎ方は僕にとっては「かっこいい」には入らない。

どっちかというとかなり「ダサい」の部類に入る。

別に全く悪いことをしているわけじゃないし、社会貢献にもなっている。けど「ダサい」と思う。

そうやって何年か生きていると、自分のことを自分で好きじゃなくなっていった。

お金はかなり稼げていたけれど、それと反比例して自己肯定感は下がっていった。

 

 

だから僕は広告収入中心の生き方から、自分が作り込んだ商品を直接買ってもらうことがメインのスタイルに転換している。

これは自分にとっては「かっこいい」生き方。

だから最近は、自分のことがどんどん好きになって行っている。

 

 

この「かっこいい」という感覚は実はめちゃくちゃ大事で、この感覚を積み上げていくと「自分は生きていていいんだ」という気持ちが生まれてくる。

それは「自己肯定感」と呼ばれる気持ちで、人が生きていく上でとても大事なもの。

逆に言えば自己肯定感が低い状態になっている人は自分の感じる「かっこよさ」を無視し続けている。

以前の僕がそうだった。

 

 

例えば、電車で立っているのが辛そうな人に席を譲ればいい気持ちになるし、見て見ぬ振りをすれば後ろめたい気持ちになる。

なので実は親切をするのも自分のためだ。

他人のために動ける自分が「かっこいい」から、やる。

 

 

例えば、彼女と喧嘩したとき。

自分の正しさを主張し続けて、なかなか仲直りに踏み出さないのはどうか?僕の感覚では「ダサい」に入る。

だからできるだけ自分から(できるだけ)歩み寄るようにしている。

 

 

 

かっこいい生き方をすれば自己肯定感が上がる。

ダサい生き方をすれば自己肯定感が下がる。

 

 

ポイントは、自分の主観でどう感じるかだ。

自己肯定感は主観で感じるものだから。

 

自分的にかっこいいことをする→自己肯定感が上がる→自分が好きになる

自分的にダサいことをする→自己肯定感が下がる→自分が嫌いになる

 

 

 

 

自分のことを好きになるというのは、難しそうに見えて実は簡単。

この「自分ってかっこいいな」という感覚を積み上げ続けるだけで手に入る。

あなたの思う「かっこいい」とは何でしょうか?

今日はどんな「かっこいい」行動をしますか?

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