「八木仁平は教祖だ!」という中身ゼロの批判を繰り返す人たちへ

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拝啓

 

なぜか自分に全く関係のないことにキレ続ける怒りん坊たちへ。

ぼくは200人以上の方に現在進行形でブログを教えています。

その生徒の1人が炎上したことによってなぜかたくさんのコメントがぼくに向けて書かれていました。

「八木仁平教祖とその信者はクソだ。」という内容で。

そんなコメントをくれた皆様に一言言っておきます。

 

 

 

あざます!!!

ぼくのことを教祖だと言ってくれてありがとうございます!

ずっと教祖と言われるくらい自分を持った人間になりたいと思っていました。

その目標が達成できてぼくはとても嬉しいです。

 

「八木仁平は教祖だ!」そして「八木仁平にブログを教わっているやつは信者だ!」と言っている方に聞きたいのですが、あなたは自分に絶対的な自信を持って何にもすがらずに生きているのでしょうか?

ぼくは弱いのでたくさんの人の言葉を信じて生きて、そうやって救われてきました。

だから、ぼくの言葉や行動が誰かを救う可能性があると思って生きています。

なので、教祖という言葉をディスりで使われた方も多いように思われますが、ぼくにとっては褒め言葉です。

 

ついこの間、ぼくのブログを読んでヒッチハイクに挑んだ大学生から「挑戦できて、自分のことを好きになれた」というメッセージをもらいました。

他人の背中を押せるぼくはとても価値のある人間だなと感じています。

 

周りの人間の行動が気になって気になって仕方がないあなた方は、頭はいいけれど単に自信がないだけだと思っているんですが、どうでしょうか?

自信がないから自分より上にいると感じる人の揚げ足を取って批判をし、心理的優位に立とうとして一時的な自信を得ようとしてしまう。

もしくは下にいると感じる人をさらに痛めつけようとしてるかもしれません。

 

他人の行動や意見、作ったものに、批判的な意見をぶつけて「自分って頭いいな」と悦に浸っているのは勝手です。

でもそれ、周りから見れば「私は自分で何も作らずに、批判する行為をしているセンスのないバカです」って宣言しているのと

同義だということに早めに気づいた方がいいですよ。

他人をディスっても幸せを感じられないことにはそろそろ気づいたかな?

 

自信がないから誰かをディスるという安易な行動に出るしかできないことをとてももったいないと見ていて思います。

あなた方が自分を信じて、もしくは何かを信じて、自己実現して幸せになるためにそのエネルギーを使うことができる日を遠くから祈っています。

 

あなたの人生とぼくの人生は何の関係もありません。

 

自分がやりたいようにやって幸せになり、そしてハッピーオーラで周りの人を幸せにする、それ以上に重要なことってないですよ。

他人の批判に必死になるんじゃなくて、自分がどうすれば幸せを感じられるかということ真剣に向き合いましょう。

どこかで会えたら「どうやったらもっと楽しく幸せになれるかな?」という前向きな会話ができるといいですね。

あ、でも誰だか分からない匿名&たまごアイコンではなく、まずは人間になってから出直してきてください。

 

敬具

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