批判は必要なんだけど供給過多。肯定力のある人が得をする

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自分の書いた記事を批判されるのはとても辛い。

ぼくはブログで自分の意見を書いているので、批判的なコメントが来ることがある。

そして200人以上にブログを教えているので「こんなコメントが来て辛いです。」といった相談もよく受ける。

 

 

批判に目を向けることはとても大事

どんな人でも考え方は偏っていて、自分の見たいように世界を見ているもの。

だから自分の考えや行動を発信して人目につけば必ず批判的な反応はやってくる。

それを上手く自分の糧にすることはとても難しい。

 

ネット上で建設的な批判をもらえることもあると思うけど、それ以外の誹謗中傷に近いコメントも読まなければいけないからいから、冷静に批判コメントを受け止めるのは至難だ。

ちょうど、ゴミの山から小さなダイヤを探すようなもの。

価値があることは分かるんだけど他のゴミに触りたくないしニオイも嗅ぎたくない。

だからぼくは知らない人からもらったコメントはあまり見ないという選択をしている。

批判は、人間的にぼくと向き合ってくれてるなと分かる人から受け取ればいいと思うからだ。

信頼している人からもらった批判とはしっかり向き合いたい。

 

批判する人は世の中で既に供給過多だ

他人の意見に対する反応は大きく分けて3つある。

批判的、肯定的、もしくは無関心。

 

どうでもいいことを、さも重大なことのように討論するテレビや、「あなたにはまだ○○が足りない」と洗脳してくる広告に朝から晩まで触れているぼくらにとって、今一番欲しいものは”他者からの肯定”です。

断言します。

 

そんな批判的な視点に慣らされているぼくらは、同じように批判的な見方を知らないうちに身に着けている。

つまり、批判的な視点を持っている人は世の中に溢れていて、とっくに供給過多ということ。

そこら中にいっぱいいるよね。

つまり価値がない。

ということは、逆に自分を肯定してくれる人の価値はうなぎのぼり中です。

肯定ポジションは競争のゆるい超ブルーオーシャンです。

nanapi社長のけんすうさんも同じことをTwitterでおっしゃっていました。

 

肯定出来る人間が得をする

上記のツイートの通りで、批判的な態度をとることに慣れると結局は自分が損をする。

 

・自分がしたいだけの批判

・相手に求められている肯定
どっちの態度を取る人がアタマがいいかは一目瞭然だよね?

他人の意見や作ったものに、批判的な意見をぶつけて「自分って頭いいな」と悦に浸っているのは勝手です。

でも、それ周りから見れば「私は自分で何も作らずに、批判する行為をしているセンスのないバカです」って宣言しているのと同義だということに気づいた方がいい。

ぼくも人間なので自分を肯定するために、反対したい考えがあれば批判したくなるときもある。

でも、アタマの良いぼくはそこで一旦こらえる。

客観的に見て、人格を肯定したうえで、どうしたらもっと良くなるかをアドバイスする。

肯定的な目線からもらったアドバイスは受け入れやすいよね。

批判=自分を満足させるためのオナニー

オナニーはそもそも公衆の面前でやることではないんです。

求められてないので淘汰されていくのは明らか。

肯定的な態度を取ることは、自分にとってもメリットがある行為なんだな。

ぼくは自分が得したいから、他人を肯定できる人間になりたい。

自己肯定感を育むためには他人を肯定する姿勢が必要なんです。

批判的な思考をする人は、頭がいいけれど自分に自信がないから他者を否定、批判することで心理的優位に立とうとしています。

批判しちゃいそうになるのを1回こらえて、1回肯定できるようになるだけでガラッと変わりますよ。

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